昨日3月14日、仙台国際センターにて開催された 「仙台防災未来フォーラム2026」 に登壇いたしました。 一般社団法人SDGsとうほく様よりお招きいただき、 「住み続けられるまちづくりは住み続けられる家づくりから」 というテーマでお話しさせていただきました。 「戦争史観」と「災害史観」:備えに対する意識の違い 防災や減災は多くの人の関心事であるはずですが、 現実にはどこか「自分事」になりにくい、 意識が上がりにくいと感じることがあります。 その背景には、日本特有の「災害史観」があると言われています。 大陸(欧米や中国など)は、 長い歴史の中で常に紛争や戦争が絶えない「戦争史観」の中にあります。 いつ終わるかわからない非常時の中で いかに生き抜くかという、 常に緊張感を持った備えが生活に組み込まれています。 一方で、日本は地震大国ですが「災害史観」の国です。 自然災害は恐ろしいものですが、 数日間降り続く雨や数分の揺れが収まれば、 そこからは復旧・復興へと動き出します。 被災は不幸なことですが、 自らの手で未来を切り拓いていけるという希望が、 そこにはあります。 この「いつかは終わる」という感覚が、 かえって「常に備え続ける」という意識を 繋げにくくしている側面があるのかもしれません。 玄関ドアの向きに表れる「文化と防災」 この意識の違いは、住宅の玄関ドアひとつにも如実に表れています。 欧米(内開き): 外部からの侵入者を阻止するため、中から扉を抑えやすいよう「内開き」が主流です。 日本(外開き): 火事や地震の際、一刻も早く外へ逃げ出せるよう「外開き」が一般的です。 日本人が「外開き」を当たり前だと思っていること自体が、 実は「いかに速やかに避難するか」という防災意識の現れでもあるのです。 未来を担う世代への教育 昨日の会場には、高校生や大学生といった若い世代の姿が多く見られました。 フォーラムが単なるイベントではなく、 次世代に向けた大切な教育の場になっていることを強く実感しました。 時間はかかるかもしれませんが、 毎年開催されるこうした取り組みこそが、 この地域で住み続けるために不可欠な種まきになるのだと思います。 最後に:あなたの家は大丈夫ですか? 地震で家が倒壊し、住めなくなってしまえば、 その後の生活は一変してしまいます。 「備え」の第一歩...
一昨晩のWBCをご覧になりましたか? 満塁でのホームラン 映画とかマンガの様なシーン 昨日のホームランもチームを勢いづかせていました。 そして2連勝。 日本中が盛り上がっているのでしょうか。 さて、スポーツ観戦も素晴らしいものですが、 私の趣味は「読書」です。 仕事柄、読まなければならない書籍も多く、 時には文字を追うことに疲れてしまうこともあります。 しかし、小説だけは別です。 どんなに疲れていても、ついページをめくりたくなってしまうのです。 ただ、小説なら何でも良いというわけではありません。 以前は好みが偏る傾向があったため、 数年前からはあえて「知らない作家」の作品にも挑戦するようになりました。 時には、あらすじが重厚なものや、 難易度の高い作品にも手を伸ばします。 世界的ベストセラーの『三体』は、 なんとか完読したものの、 内容を完璧に理解できたとは言えず、 少し悔しい思いをしました。 そんな中、数年がかりで挑戦しているシリーズがあります。 浅田次郎氏の『蒼穹の昴』そして『中原の虹』(各全4巻)です。 舞台は清朝末期の中国。 映画『ラストエンペラー』で溥儀や西太后の存在は知っていましたが、 当時は西太后に対して「悪の女帝」というイメージしか持っていませんでした。 しかし、この小説を読んで視点が大きく変わりました。 もちろんフィクションではありますが、 歴史のうねりや史実の動きが圧倒的な筆致で描かれており、 「なるほど、そうだったのか」と深く納得させられたのです。 先月、ようやく『中原の虹』の3巻を読み終えました。 残すは最終巻、4巻のみです。 ですが、いざ読み始めるとなると、 今はまだ心が少し重く、 取り掛かるのはしばらく先になりそうです。 この物語を読み進めるには、 通常の倍以上の時間がかかります。 同じ日本語のはずなのに、 一文字一文字を深く考えながら読まねばならず、 それが高い「壁」となっているのです。 「苦しい」と感じるほどの読書。 しかし、その壁を乗り越えて最後の一行を読み終えたとき、 どんな景色が見えるのか。 その瞬間を楽しみに、今は少しだけ、物語の余韻に浸っています。 ……と、読書の「壁」についてお話ししまし...