最近、 毎日が「全力思考」 の連続です。 まるで資格試験の猛勉強をしているような状態で、 1日のうち5〜7時間は思考をフル回転させています。 ただ、試験勉強と決定的に違う点があります。 試験勉強の主な作業は「暗記」ですが、 今の私の相手は「生成AI」。 暗記ではなく、 常に「壁打ち」をしながら考え続けなければならないのです。 AIとの「壁打ち」が生む、心地よい苦痛 日々の相棒は、ChatGPT、Gemini、Copilot。 時にはClaudeやManusも加わります。 単なる検索であれば、それほど負荷はかかりません。 しかし、自分が求めるゴールに辿り着こうとすると、 一筋縄ではいかないのです。 入力する言葉ひとつで、 AIの回答はとんでもない方向へ進んでしまいます。 挙げ句の果てに、AIが混乱したようなアウトプットを出してくることも少なくありません。 「いかに正確な指示(プロンプト)を入力するか」 この試行錯誤そのものが、私の思考の壁打ちになっています。 「1日7時間」の世界で見えたもの きっかけは1月、 リフォーム業者向けITサービスを展開している 経営者のセミナーを聴講したことでした。 そこで、30代の同業経営者たちが 「1日7時間ほどAIを使っている」 という話を聞き、大きな衝撃を受けたのです。 「えっ、1日7時間も……?」 それまでの私は、多くても1日2時間、 普段は30分程度しかAIに触れていませんでした。 そこで、「自分も行動を変えて、 使用時間を極限まで増やしたらどうなるか」を試してみることにしたのです。 分かるほどに、難しさは増していく 使用時間を増やして分かったのは、 これまでの自分の使い方がいかに表面的なものだったか、ということです。 使い方が分かってくるほどに、 その奥深さと難しさを痛感しています。 さらに数週間前からは 「AIエージェント」への挑戦 も始めましたが、 これがまたハードルが高い。 正直、考えすぎて苦しくなることもあります。 しかし、AIエージェントによって実現できる未来が少しずつ見えてくるたび、 「何としても使いこなせるようになりたい」 という想いが強くなります。 全力思考と苦悩の毎日は、もうしばらく続きそうです。
昨日3月14日、仙台国際センターにて開催された 「仙台防災未来フォーラム2026」 に登壇いたしました。 一般社団法人SDGsとうほく様よりお招きいただき、 「住み続けられるまちづくりは住み続けられる家づくりから」 というテーマでお話しさせていただきました。 「戦争史観」と「災害史観」:備えに対する意識の違い 防災や減災は多くの人の関心事であるはずですが、 現実にはどこか「自分事」になりにくい、 意識が上がりにくいと感じることがあります。 その背景には、日本特有の「災害史観」があると言われています。 大陸(欧米や中国など)は、 長い歴史の中で常に紛争や戦争が絶えない「戦争史観」の中にあります。 いつ終わるかわからない非常時の中で いかに生き抜くかという、 常に緊張感を持った備えが生活に組み込まれています。 一方で、日本は地震大国ですが「災害史観」の国です。 自然災害は恐ろしいものですが、 数日間降り続く雨や数分の揺れが収まれば、 そこからは復旧・復興へと動き出します。 被災は不幸なことですが、 自らの手で未来を切り拓いていけるという希望が、 そこにはあります。 この「いつかは終わる」という感覚が、 かえって「常に備え続ける」という意識を 繋げにくくしている側面があるのかもしれません。 玄関ドアの向きに表れる「文化と防災」 この意識の違いは、住宅の玄関ドアひとつにも如実に表れています。 欧米(内開き): 外部からの侵入者を阻止するため、中から扉を抑えやすいよう「内開き」が主流です。 日本(外開き): 火事や地震の際、一刻も早く外へ逃げ出せるよう「外開き」が一般的です。 日本人が「外開き」を当たり前だと思っていること自体が、 実は「いかに速やかに避難するか」という防災意識の現れでもあるのです。 未来を担う世代への教育 昨日の会場には、高校生や大学生といった若い世代の姿が多く見られました。 フォーラムが単なるイベントではなく、 次世代に向けた大切な教育の場になっていることを強く実感しました。 時間はかかるかもしれませんが、 毎年開催されるこうした取り組みこそが、 この地域で住み続けるために不可欠な種まきになるのだと思います。 最後に:あなたの家は大丈夫ですか? 地震で家が倒壊し、住めなくなってしまえば、 その後の生活は一変してしまいます。 「備え」の第一歩...