「幻庵」(上)(中)(下)
である。
普段は(上)(中)(下)3巻
同時購入などしないのだけども
作家が百田氏だったので
まとめ買いした。
上巻を読み終えた時に
すぐに中巻を読みたくなって
しまった時の衝動が
嫌だなと思ったからだ。
百田尚樹氏の著書は
平成25年に「海賊と呼ばれた男」
を読んで感動して以来
「永遠の0」
「モンスター」
「幸福な生活」
「プリズム」
「夢を売る男」
「ボックス!」
「輝く夜」
「風の中のマリア」
「影法師」
「黄金のバンタムを破った男」
「鋼のメンタル」
「雑談力」
「日本国紀」
「日本国紀の天皇論」 有本香共著
「カエルの楽園2020」
を読んできた。
まだ、読み落としている本が
何冊かあるものの
小説以外の本にも影響を受けており、
勉強になるので
著書についてはすべからく
読み尽くそうと思っている。
まだ、「幻庵」(上)
を読了したところである。
すぐに「幻庵」(中)
へ向かおうとしたが
手を止めた。
その理由については、
後日書くことにして
「幻庵」(上)が
決してつまらなかった訳ではない
ことだけは記しておく。
この「幻庵」については、
百田氏の著書なので
書名がまだ既読ではないことだけを
確認した購入した。
そのため「幻庵」の意味も
帯に書かれている内容も
確かめずに先入観なしで
表紙をめくって読み始めた。
プロローグで世界最強棋士のひとりが
「アルファ碁」に負けたという
エピソードから始まる。
それは2016年に起きた
大事件だったと言うのである。
何となくニュースで
そんな話しを耳にしたかもしれない
なぁと思ったが、
ヨーロッパやアメリカの新聞が
こぞって
「人類が機械に破れた日」
と大々的に報じていたとあるので
ただ事ではない話しなのだと
思いを新たにした。
そうして江戸時代の文化文政の頃
棋士の置かれている環境や
どのような戦いが繰り広げられて
いたのかの物語に入って行く。
のだが、物語と共に史実解説が
挟まってくるので小説を読んで
いるようで囲碁の歴史を学んで
いるような感覚にもなる。
そして、アゲハマ、キリ、ツケ
などの囲碁用語が次から次へと
出てくるので
否が応でも囲碁の学習になって
しまい、とうとうスマホの囲碁
アプリをいじってしまった。
実家には、碁盤と碁石があり、
小さな頃に父親から教えられた
のだが、簡単なアタリについて
だけしか理解できず囲碁にはま
らなかった。
そのため我が家の碁盤は
五目並べ用になっていた。
母方の叔父(当社で働いていた)
が囲碁が得意だったらしく、
休憩時間に棋譜を眺めていたり、
詰碁をしていたのを
よく見かけていた。
退職後は、碁会所にしょっちゅう
通っていたらしく、顧客様とも
打ち合っていたそうだ。
そんなことがあったので
関心が少なからずあったけれども
碁を楽しみたい
碁をやりたい
と行動を起こすまでの
欲求にはなっていなかった。
しかし、スマホの囲碁アプリを
ちょっといじった程度なのだが
「あぁ〜 そういう意味だったのか」
と腑に落ちることが
ポツリ、ポツリと起きて来た。
左脳の思考と右脳の思考が
結びついたような感じである。
一級建築士設計製図試験の
勉強している時に体験した
「Aha! 体験」
に似たような感覚である。
一級建築士の学科試験は
記憶中心の左脳型である。
設計製図試験は、学科試験の
知識をベースに具体的な数値や
条件を抽象化して建物を設計
していく。
この抽象化していくプロセス
において必要になるのが右脳。
学科試験をパスして
設計製図試験に毎年1万人を
超える受験生が挑戦しているのだが、
同じ設計図が完成することはない。
同じ設計課題なのにである。
同じ文字を読んでいるのに
頭の中で創造する建築物が
まったく違うものになるのだ。
合格発表後には
設計課題に対する
標準回答例が2パターン公表される。
その2パターンも
まったく違う建物になっている。
合格するには、
設計課題に基づいて
法令遵守にて
条件を可能な限り満たすことが
求められる。
それも限られた時間に
えんぴつ(シャープペン化)手書きで
要求図面を完成させるという
体力も必要になる試験なのだ。
手を動かしながら
線を引きながら
思考していく
ひらめきが生じつつ
そのひらめきの確かさについての
判断して設計を進めていく。
その判断が間違っていたら
やり直す時間などない。
このプロセスを
試験勉強にて
何度も何度も繰り返していく間に
理屈ではない領域で
感覚として分かる瞬間(Aha!体験)が訪れる。
(訪れない人も少なくない)
その領域に入ると
不合格にならない図面を
どんどん書けるようになっていく。
そこから、次の壁があるのだが
それはまた別の機会にする。
囲碁について、
建築士の試験勉強のような
追い込んでの努力をした訳ではないが、
「あぁ〜 そういう意味だったのか」
という感覚は
似たような感じなのである。
中巻そして下巻を読み終えたら
この感覚はどのように変化するのか
とても楽しみだ。
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